使用の心理学|物事がうまくいかないのは自分の能力のせいだと思っていませんか?

アドラーの心理学を調べていたら、興味深い考え方を発見しました。

それは「使用の心理学」というものです。

これはどういうものかというと、簡単にいえば「その素材の価値は適切な使い道が定まってこそ価値がある」という考え方です。僕はこの言葉を受けて、なるほどなと感心しました。というのもこの考え方はスポーツや仕事など様々な場面で自分が今持っている能力を最大限に生かす根本的な考え方だからです。

今回はこの「使用の心理学」についてボクの陸上競技の経験を照らし合わせてお話しいしていきたいと思います。

 

与えられた能力をどう使いこなすか

アドラーの使用の心理学では「その個人がどんなに優れていただけでは意味がない。目指すべき目的(目的論)があってこそ価値が生まれる」といっています。

よく「上手くいかないのは自分の能力が低いせいだ」と言っている人がいます。この考え方はアドラー心理学では取り扱わない原因論(過去に原因があると追及すること)に立ち返ってしまいます。これは個人が能力を発揮することについていえば、遠回りな考え方です。理由は自分が上手くいかない原因について、いくら過去を振り返っても過去は過去のままだからです。

アドラーは言っています。そうではなくて、使用の心理学では、

「重要なことは、何を持って生まれたかではなく、与えられたものをどう使いこなすかだ」

これが重要なんだと。

「うまくいかないのは自分の能力のせいではなく、使い方が間違っているからだ」

この前向きな発想こそが使用の心理学で大切な考え方であり、人が成長するための正しい道なのかもしれません。

自分の見ている世界がすべてではない

よく、どうでもいいこだわりを捨てきれない人がいます。

スポーツの世界だと「俺には野球しかないんだ」。仕事に関していえば「自分には営業職しか道がないのだろう」。

こんなどうでもいいこだわりが、時には自分の可能性を狭めてしまうことを多くの人は気づいていません。他にもっと自分の能力を発揮できる道があるのに、なぜかそこにこだわる人たち。

でも人によっては他の道があることに気づいているけど、恐くて動けない人もいるかもしれません。人間は基本的に変化を嫌いますから、今いる環境がベストではないけど、他の環境に行ってしまうともっと悪くなってしまうのではないかなどの不安があったりします。

ぼくも中学時代、陸上競技をしていて変化することを嫌っていました。陸上の種目の中で最も競技人口が多い花形種目の100mに異常にこだわっていた時期がありました。その時は「自分は100mで全国大会へいくんだ」というこだわりを持っていました。本当は他にもっと自分の能力を発揮できる種目があるのに、100mにこだわる。今思えば「使用の心理学」からかけ離れたどうでもいいこだわりでした。

最終的にはボクは100mをやめ、棒高跳を専門種目としたことで人生で一番良い成績を収めることができました。このことは使用の心理学に基づいた正しい能力の使い方だったんじゃないかなと思っています。

仮にボクが中学時代、100mというどうでもいいこだわりがなければ、もっと早い時期に棒高跳に競技転向していて、頭角を現していたかもしれません。そしたらもっと良い成績を収められ、ある意味、今よりもっと競技人生がいい方向へ変わっていたのかもしれません。

だから、今やっていること以外に常に他の道も存在していることを意識するのとしないのとでは、物事への向き合い方が楽な方向へ変わるんじゃないかと思います。

ボクが尊敬している元400mHの日本記録である為末大さんも、かつてはどうでもいいこだわりを持っていたといいます。

賢く見えなさそうなこと、自分の頭の中が見えてしまいそうなことはやらずにいた….そのことで逆にたくさんの「学びの機会」を失ってしまった。

このようにトップアスリートでさえも、どうでもいいこだわりは人の成長を阻んでしまいます。自分の能力を正しく使える場所(使用の心理学)はどこなのかという目的をアドラー心理学に則っていけば、あなたの能力がもっと発揮できるかもしれません。

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